そこは元々、豊かな土地でした。 秋には小麦色の米や作物が山積みになっていました。 でも今は、青々とした稲がもう枯れようとしていました。 小さく食べられない実りが、長すぎる雨に濡れています。 それはあたかも人々の涙のようでした。 この年も、前の年も飢饉だったのです。 醜い争いが延々と続きます。 自らの肉親かどうかさえ関係なく争いを続け、この世の地獄を作っていました。 争いによる悲しみを感じるよりも先に、空腹が襲ってきてしまう余りに。 多くの人が傷つきました。その癒しの為に祈りをするようになります。 一つの像へ。 この地の守り神であると言う、怒りで邪悪な物を追い払うと言う、怒りの表情の石像でした。 この飢饉の為に、足蹴にされてきた像でした。 飢饉を防ぐ事も、飢えから救う事もなかったために。 でも今は祈る、これしかなかったのです。 疲弊した人々が争いをする気力もなくなり、村がようやく静かになった頃でした。 食べ物が、人々の家の前にあったのです。 どうした事でしょう。人々の前には量は少なくとも瑞々しい食物があります。 どの家の前にもあります。 人々の歓喜はしばらく続きました。 そのような出来事はしばしば起き、特に病弱だったり子供のいる家の前に置かれている事が多かったのです。 その度に、人々は怒りの石像へ感謝を述べに像のある洞窟へ向かいます。 しかし、像は壊れ始めていたのです。 それもどう壊したのか、壊れた所から覗くと、中はくり抜いた様にがらんどうになっています。 がらんどうになって外見を作る石が薄くなったため、石像は形を維持できなかったようでした。 しかし、一体誰がどのようにしてこのように石像を壊したのでしょう。 取り合えず、見張りをする事になりました。 見張りは像の辺りの茂みに隠れていました。 それを交代で毎夜続け、何日か経った夜のことでした。 石像のある洞窟から、誰かが出てきたのです。 小さな人でした。 みすぼらしい、女でした。でも、その顔は目をつむった柔らかな表情で、月明かりを通し本当に向こうの景色が透けて見えるのでした。 声を荒げて怒鳴り挙げても、全く聞こえていないようです。 棒で殴りつけても、空気を殴っているように感触がなかったのでした。 ゆっくり、手を伸ばしても、手が湿るだけで触れられませんでした。 そのまま、その小さな人は村の方へ歩いていきます。 そして家の前に月明かりが透き通る手を伸ばし、自分の体の欠片を置いていったのです。 それは次第に瑞々しい食物へと変わっていったのでした。 手だけでなく、顔や頭、胴体まで家々の前に置いて行き、瑞々しい食物を与え、終いには足が一本歩いているだけになりました。 こうして、像のある洞窟へ戻っていったのです。 洞窟には、あの怒りの石像はありませんでした。 でも、あの足だけになった小さな女の人が石像があった場所にくると、その足が変化し徐々にあの石像へと変わったのです。 あの石像が人々に自分の体という食物を与えていたのでした。 さすがに、あの小さな人の足だけでは石像は形を維持する事は出来なくなり、追いかけた人々の前で崩れ落ちたのでした。 この小さな人は、あの怒りの像だったのでした。 その後、この地を訪れた呪術者は言いました。 それが、この地のかの像の本質だと。 怒りと慈しみの、堅い石と触れぬほど柔らかい水の、二つの顔の。 実は、あの女性の姿こそが本当の姿で、怒りは表だけだったのです。 今度の年は、豊作となりました。 洞窟には、たくさんの作物が積まれ、何もないそこに祈りが捧げられたのでした。 |